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土佐の歴史散歩年表

(主に「高知県の歴史」による)


時  代 和暦 西暦 事       項
縄文時代 佐川町不動ガ岩屋洞窟遺跡中村貝塚宿毛貝塚、宿毛市橋上遺跡ほか
弥生時代 龍河洞、南国市田村遺跡ほか
大和時代 崇神朝 波多国造がおかれる
大和時代 成務朝 都佐国造がおかれる
大和時代 雄略朝 5C 鳴無神社土佐一宮神社大川上美良布神社が建立されたと伝わる
大和時代 敏達朝 春野町種間寺が建立される
大和時代 用明朝 日高村小村神社、南国市小蓮古墳 香美市新改古墳
大和時代 天武13 684 <白鳳南海地震>
奈良時代 養老2 718 官道が伊予経由から阿波経由に変更
奈良時代 神亀1 724 配流の制により遠流の国とされる  行基が竹林寺延光寺豊楽寺を建立。(清滝寺は723という)
奈良時代 天平9 737 土佐国分寺建立される(寺法による) 全国的な国分寺の建立には天平13年に号令が出る
平安時代 大同1 806 井口に観音堂が創立
平安時代 大同2 807 空海が最御崎寺津照寺金剛頂寺峰寺大日寺等をたてる
平安時代 弘仁14 823 空海が金剛福寺をたてる
平安時代 貞観8 866 肥後守紀夏井が土佐へ配流される
平安時代 貞観12 869 <貞観地震>
平安時代 仁和3 887 <仁和地震>
平安時代 延喜5 905 菅原道真の遺品を菅原高視へ届ける途中の白太夫が大津で没
平安時代 延長5 927 延喜式神名帳がまとめられ、南海道土佐国として21座が記載された。
平安時代 延長8 930 紀貫之が土佐守となる
平安時代 1000
平安時代 承暦2 1078 中原師平が土佐守となる
平安時代 嘉保3 1096 <永長地震>
平安時代 承徳3 1099 <康和地震>
平安時代 1100
平安時代 治承4 1180 土佐国が平教盛の知行国となる
平安時代 寿永1 1182 源希義が蓮池氏、平田氏に長岡郡で討たれる
鎌倉時代 文治2 1186 源頼朝が派遣した梶原朝景が平田太郎俊遠蓮池権頭家綱を討つ
鎌倉時代 文治3 1187 (伝)安徳天皇横倉山
鎌倉時代 建久4 1193 中原秋家が宗我部・深淵の地頭に補任される
鎌倉時代 正治2 1200
鎌倉時代 承久3 1221 土御門上皇が土佐へ流される
鎌倉時代 正安2 1300
鎌倉時代 文保2 1318 夢窓疎石が五台山に吸江庵をたてる
鎌倉時代 元弘2 1332 尊良親王が幡多郡有井庄へ配流される 須留田八幡宮が元弘年間に勧請
南北朝時代 延元1 1336 足利方と南朝方が浦戸で戦う
南北朝時代 興国1 1340 足利方、土佐の南朝方の拠点大高坂城を落とし、大高坂松王丸が戦死
南北朝時代 正平16 1361 <正平(康安)地震>
南北朝時代 天授6 1380 細川家が土佐の守護代となる
室町時代 応永7 1400 細川頼長が土佐守護に補任される
室町時代 長禄1 1457 予岳寺が建立
室町時代 応仁2 1468 一条教房が京都の乱を避け幡多郡中村に下向する
室町時代 文明3 1471 長宗我部氏で内紛があり元門が追放される
室町時代 文明12 1480 一条教房が中村で死去
室町時代 明応7 1498 <明応地震>
室町時代 明応9 1500
室町時代 永正5 1508 本山、大平、吉良、山田氏が岡豊城を攻め落とす (元秀、千雄丸=国親親子の消息については2説ある)
室町時代 永正15 1518 長宗我部国親が岡豊城に帰る
室町時代 天文15 1546 蓮池城の大平氏が一條氏に降伏する
室町時代 天文16 1547 長宗我部国親が大津城、介良城を落とす 玉姫が逝去
室町時代 天文18 1549 長宗我部国親が山田氏を滅ぼす 一条房基が没す
室町時代 天文20 1551 南村梅軒が土佐を去る(伝)
室町時代 永禄1 1558 長宗我部国親、元親親子が国分寺金堂を造営
室町時代 永禄3 1560 長宗我部元親が戸の本合戦に初陣を飾る 国親死去
室町時代 永禄5 1562 長宗我部元親が攻め、本山氏方の出雲の守が鴻の森城に籠城した後、城を焼き自害
室町時代 永禄6 1563 長宗我部元親が本山茂辰の朝倉城を攻め撤退さす  元親、石谷光政の娘と婚姻  親貞、吉良氏を継ぐ
室町時代 永禄11 1568 長宗我部元親が本山氏を滅ぼす  瀬戸の水口城も陥落
室町時代 永禄12 1569 長宗我部元親が安芸国虎を攻撃、国虎は自刃、安芸氏滅亡、香宗我部親泰が入る
室町時代 元亀2 1571 長宗我部元親が津野氏を降ろし高岡郡を平定
安土・桃山時代 天正1 1573 波川玄蕃築城
安土・桃山時代 天正3 1575 長宗我部元親が甲浦城を落とし土佐を統一
安土・桃山時代 天正8 1580 長宗我部元親が謀反を理由に波川玄蕃を討つ
安土・桃山時代 天正9 1581 長宗我部元親が一条内政を追放し、一条氏滅亡
安土・桃山時代 天正10 1582 (本能寺の変)
安土・桃山時代 天正11 1583  元親夫人死去 
安土・桃山時代 天正13 1585 長宗我部元親が四国平定間近なるも秀吉に攻められ降伏し土佐一国を安堵される
安土・桃山時代 天正14 1586 戸次川の戦いにおいて長宗我部元親の長子信親が戦死
安土・桃山時代 天正16 1588 長宗我部元親、岡豊城を廃し、大高坂に移る
安土・桃山時代 天正18 1590 長宗我部元親の後継者問題に関し比江山掃部介親興切腹
安土・桃山時代 天正19 1591 長宗我部元親、浦戸に築城し移る
安土・桃山時代 文禄1 1592  長宗我部元親、秀吉の朝鮮出兵に従軍 
安土・桃山時代 慶長1 1596 <慶長伊予地震>  イスパニア船サンフェリペ号浦戸漂着   
安土・桃山時代 慶長2  1597 再度朝鮮出兵に従軍 
安土・桃山時代 慶長3 1598 谷時中が誕生(1598〜1650)
安土・桃山時代 慶長4 1599 長宗我部元親、伏見で没し長宗我部盛親があとをつぐ
安土・桃山時代 慶長5 1600 関ヶ原の戦い 長宗我部盛親が兄親忠を殺害 盛親は領国没収され山内一豊(かつとよ)が土佐に封じられる
江戸時代 慶長6 1601 井伊直政の家臣が入国するも一領具足が抵抗 一豊入城前に弟の康豊が下準備をし中村を治めた。
江戸時代 慶長8 1603 大高坂城が落成 大高坂山を河内山(こうちやま)と改める
江戸時代 慶長10 1605 一豊死去山内忠義(ただよし)が継ぎ二代になる(康豊が後見役) 山内政豊が中村を継いだ <慶長地震>
江戸時代 慶長15 1610 河内山を高智山と改める
江戸時代 慶長19 1614 須江の供養塔が建立される
江戸時代 元和1 1615 一国一城令により、中村佐川宿毛、窪川、本山安芸の城が取り壊される
江戸時代 寛永8 1631 野中兼山が執政となる
江戸時代 寛永9 1632 片岡半斎が72才で没
江戸時代 寛永11 1634 土佐和紙生産に功のあった安芸三郎左衛門
江戸時代 寛永15 1639 雨森久太夫源氏康が柏島で75才で没
江戸時代 寛永16 1640 野中兼山が山田堰を完成させる。
江戸時代 寛永18 1642 第二代藩主忠義(ただよし)が掛川神社を建立
江戸時代 正保1 1644 百人衆郷士を募る
江戸時代 承応3 1654 小倉少助73歳で歿。子の小倉三省が後を追うように51歳で歿。
江戸時代 明暦2 1656 山内忠豊(ただとよ)が三代藩主になる 山内隼人が柏島で50才で没 古槇重利が没
江戸時代 明暦3 1657 小倉三省、野中兼山により、おそらく日本初の堀込港湾となる手結港が完成した。
江戸時代 寛文3 1663 7月寛文の改替(孕石生駒ら)により野中兼山失脚、藩政改革が行われる 兼山は土佐山田に蟄居
 12月野中兼山が49才で没 古槇次郎八重固が自刃し没
江戸時代 寛文7 1667 中村支藩山内家初代山内忠直が没す 山内采女が18才で没
江戸時代 寛文9 1669 山内豊昌(とよまさ)が四代藩主になる
江戸時代 寛文11 1671 薫的和尚山田町牢にて没
江戸時代 寛文12 1672 お菊が自害し番町皿屋敷のもとになる(伝)
江戸時代 延宝5 1677 中村山内家二代山内豊定が没す
江戸時代 元禄13 1700 山内豊房(とよふさ)が五代藩主になる
江戸時代 元禄16 1703 宿毛に幽閉されていた野中婉が高知に帰る
江戸時代 宝永3 1706 山内豊隆(とよたか)が六代藩主になる
江戸時代 宝永4 1707 <宝永地震>
江戸時代 宝永5 1708 野中婉が香美市に野中神社を建立
江戸時代 宝永6 1709 中平善之進が津野町で誕生(1709〜1757)
江戸時代 正徳1 1711 山内規重が山北に蟄居を命じられる
江戸時代 正徳3 1713 吉田孝世が69才で没
江戸時代 享保5 1720 山内豊常(とよつね)が七代藩主になる
江戸時代 享保7 1722 土佐国大飢饉
江戸時代 享保10 1725 山内豊敷(とよのぶ)が八代藩主になる 野中婉が66才で歿す
江戸時代 享保12 1727 高知城下大火、高知城焼失
江戸時代 寛延2 1749 高知城本丸再建成る
江戸時代 宝暦5 1755 高岡郡津野山郷民の一揆「津野山騒動」
江戸時代 宝暦9 1759 山内豊敷が藩校教授館を設立
江戸時代 明和5 1768 山内豊雍(とよちか)が九代藩主になる
江戸時代 安永5 1776 彫刻師武市甚七が55才で没
江戸時代 天明7 1787 池川、名野川郷民伊予へ逃散する
江戸時代 寛政1 1789 山内豊策(とよかず)が十代藩主になる
江戸時代 寛政6 1794 岡本寧甫が誕生(1794〜1848)
江戸時代 寛政12 1800
江戸時代 文化3 1806 藤並神社が山内一豊、見性院、山内忠義を祀るため、野中兼山邸跡に建立された。
江戸時代 文化4 1807 高松順蔵が安田で誕生(1807〜1876)
江戸時代 文化5 1808 山内豊興(とよおき)が十一代藩主になる 伊能忠敬一行が赤岡で測量を行う。
江戸時代 文化6 1809 山内豊資(とよすけ)が十二代藩主になる
江戸時代 文化7 1810 領内地下浪人・郷士に海岸警備を命ず
江戸時代 文化9 1812 絵師の金蔵(絵金)が新市町(はりまや町)で誕生(1812〜1876)
江戸時代 文化12 1815 樋口真吉が中村で誕生(1815〜1870)
江戸時代 文政7 1824 河田小龍が東浦戸片町(南はりまや町)で誕生
江戸時代 文政10 1827 山内豊信(容堂)が誕生
江戸時代 文政12 1829 森新太郎が生まれる
江戸時代 天保1 1830 佐々木高行が誕生(1830〜1910)
江戸時代 天保4 1833 北添佶磨誕生(1833〜1864)(天保6年生とも)
江戸時代 天保6 1835 坂本龍馬(1836〜1867)が上町で誕生 平井収二郎(1835〜1863)が誕生 渡辺一寸(松之丞)が誕生
井上真蔵好春が80才で没
明治時代 天保7 1836 丸岡莞爾(旧姓吉村)が誕生(1836〜1898)
江戸時代 天保9 1838 中岡光次(慎太郎)(1838〜1867)北川村で誕生 新宮馬之助(1838〜1887)野市町新宮で誕生(天保7年生とも)
江戸時代 天保10 1839 石田英吉が安田町で誕生(1839〜1901)
江戸時代 天保12 1841 庄屋同盟成る
江戸時代 天保13 1842 菅野覚兵衛(千屋寅之助)が誕生(1842〜1893) 柳井健次が誕生(1842〜1864)
江戸時代 天保14 1843 山内豊熈(とよてる・とよひろ)が十三代藩主となる
江戸時代 天保15 1844 遠近鶴鳴が57才で没
江戸時代 弘化1 1844 安岡金馬が高知市で誕生(1844〜1894)
江戸時代 弘化3 1846 中島信行が土佐市で誕生(1846〜1899)
江戸時代 弘化4 1847 東洋のルソー中江兆民誕生(1847〜1901) 吉田数馬が十市村で誕生(1847〜1910)
江戸時代 嘉永1 1848 山内豊惇(とよあつ)が十四代藩主となるが、12日目に死去、山内豊信(とよしげ)(容堂)が十五代藩主となる
一圓正興が万々村で誕生
江戸時代 嘉永5 1852 中浜万次郎がアメリカより帰高、河田小龍が聴取し「漂巽紀略」を著す
江戸時代 嘉永6 1853 吉田東洋が参政に登用される 安芸郡奉行所開設 坂崎斌誕生 岡本寧甫60歳で没 山内良豊が歿。
江戸時代 安政1 1854 <安政の大地震>  純真お馬  田野学館に中岡慎太郎入学 真覚寺日記の書き始め
江戸時代 安政2 1855 横山又吉(黄木)が誕生(1855〜1939)
江戸時代 安政4 1857 植木枝盛、中須賀で誕生(1857〜1892)  中平泰作が歿
江戸時代 安政5 1858 鹿持雅澄68才で没す
江戸時代 安政6 1859 安政の大獄により山内豊信隠居処分、容堂と名乗る 山内豊範(とよのり)が家督を継ぎ十六代藩主となる
江戸時代 安政7 1860 藤崎朋之が誕生(1860〜1922)
江戸時代 文久1 1861 永福寺門前事件 武市半平太が土佐勤王党を結成  坂本龍馬江戸修行のための路銀を田中良介に借りる
江戸時代 文久2 1862 吉村虎太郎坂本龍馬脱藩  豊範の命により吉田東洋が文武館開校  吉田東洋が暗殺される  五十人組
岩崎弥太郎高芝玄馬の次女喜勢と結婚
江戸時代 文久3 1863 間崎哲馬平井収二郎、弘瀬健太が令旨事件で切腹  吉村虎太郎大和で挙兵、那須信吾ともに戦死 
武市半平太ら投獄される 北添佶磨ら北海道に偵察 中岡慎太郎脱藩 須崎に砲台設置
江戸時代 元治1 1864 清岡道之助ら23士が奈半利河原で処刑される 田中光顕ら脱藩 禁門の変で那須俊平尾崎幸之進
中平龍之介 能勢達太郎伊藤甲之助ら戦死 天誅組の変で安岡嘉助が戦死
江戸時代 元治2 1865 島村衛吉が拷問死
江戸時代 慶応1 1865 武市半平太が獄中で切腹、同時に岡田以蔵村田忠三郎らは斬首 文武館を致道館に改称
江戸時代 慶応2 1866 後藤象二郎が科学教育振興のため開成館設立
江戸時代 慶応3 1867 坂本龍馬の海援隊、中岡慎太郎の陸援隊組織される  薩長連合、薩土密約なる 
坂本・中岡が京都で暗殺される  山内容堂が大政奉還建白
明治時代 明治1 1868 土佐藩兵、戊辰の役に参加 安岡覚之助戦死 麻布支藩藩主山内豊福夫婦が自害 
明治時代 明治2 1869 山内豊範、薩長肥藩主らと藩籍奉還を建白、藩知事となる  高知縣護國神社発足  野村茂久馬誕生
明治時代 明治3 1870 濱口雄幸水口家で誕生(昭和4年に首相となる) 樋口真吉が没す 田岡嶺雲が誕生(1871〜1912)
明治時代 明治4 1871 西郷隆盛、木戸孝允が来高  廃藩置県、高知城廃城 林有造が初代高知県令となる
明治時代 明治5 1872 山内豊信(容堂)逝去 岩崎長武が2代高知県令となる 菊池儀三郎が36才で没
明治時代 明治6 1873 高知城を公園とする  豊範により海南私塾が東京日本橋に創設された
征韓論に敗れ西郷隆盛、板垣退助、後藤象二郎、江藤新平らが下野する
明治時代 明治7 1874 板垣退助が愛国公党を結成し、民撰議院設立建白書を政府に提出 
板垣退助、片岡健吉、山田平左衛門、植木枝盛、林有造らが立志社、立志学舎を創立
佐賀の乱の江藤新平が東洋町甲浦にて捕縛される
明治時代 明治8 1875 板垣退助、大阪で愛国社をおこす
明治時代 明治9 1876 高松順蔵が70歳で没す
明治時代 明治10 1877 西南戦争で西郷軍に対抗し谷干城が熊本で籠城  冨賀源之助が40才で歿
明治時代 明治11 1878 吉田茂誕生(1878-1967) 寺田寅彦誕生(1878〜1935)
明治時代 明治14 1881 僧慶禅が51才で没す
明治時代 明治15 1882 土佐山村で夜学会が民権結社「山獄社」となる。逍遙社と海南社が合併し回天社ができる
板垣退助が襲われ「板垣死すとも自由は死せず」のことばが残る。
明治時代 明治16 1883 土陽新聞に坂崎紫瀾が「汗血千里の駒」を連載する
明治時代 明治17 1884 海南学校合併開校、吉田数馬が初代校長となる
明治時代 明治20 1887 農商務大臣谷干城が辞表を提出 片岡健吉が三大事件建白書を元老院に提出 後藤象二郎が大同団結運動
明治時代 明治22 1889 高知市が市政施行、一圓正興が初代市長となる
明治時代 明治23 1890 (第一回帝国議会)
明治時代 明治25 1892 丸岡莞爾が高知県知事となる(18927)が翌年病没、石田英吉が高知県知事になる。(1892.11)
明治時代 明治26 1893 菅野覚兵衛(千屋寅之助)が52歳で没す
明治時代 明治27 1894 安岡金馬が51歳で没す (日清戦争1894〜1895)
明治時代 明治30 1897 坂本直寛らが組織した北光社移民団が出航する 申田元道が63才で没
明治時代 明治31 1898 河田小龍75歳で没す 横山又吉が高知商業学校を創立初代校長となる
明治時代 明治33 1900
明治時代 明治35 1902 伊藤修が高知市長となる
明治時代 明治36 1903 野村維章が60才で没
明治時代 明治37 1904 (日露戦争1904〜1905)
明治時代 明治39 1906 藤崎朋之が高知市長となる
明治時代 明治41 1908 吉松純が71才で没
明治時代 明治42 1909 上岡利太郎が75才で没 森新太郎が81才で没
明治時代 明治44 1911 幸徳秋水が40才で大逆事件の首謀者とされ処刑される  山本伊太蔵が69才で没
明治時代 明治45 1912 田岡嶺雲が43才で没す
大正時代 大正2 1914 一圓正興が67才で没す
大正時代 大正5 1916 木戸明が83才で没
大正時代 大正14 1925 伊藤修が74才で没