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唐谷の水口家

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 元内閣総理大臣浜口雄幸は、旧制第三高等学校在学中に高知市五台山唐谷の水口家から田野町の濱口家に養子に行った。
 その唐谷に地元有志の力で生家の保存がなされていて、雄幸の若かりし頃がしのばれる。


2台しか置けない狭い駐車場に車を置いて、2,3分歩くと細い山道になる。
先祖は長宗我部氏に水口城を追われてこの唐谷で隠れ住みましたが、江戸時代には山内氏にとりたてられました。


「濱口雄幸生誕地」という大きい石碑が見学者を迎える。


門の左は厠に続いて今は資料展示室となっている倉がある。


資料展示室は暖かい配色でデザインされ、直筆の色紙等が展示されている。


雄幸が踏んだであろう分厚い飛び石が倉から母屋へきれいに配置されている。
水口家の裕福さを示すようだ。


振り返り見ると倉の横の離れは雄幸の勉強部屋だった。


母屋の玄関は意外と簡単な造りで、潜り戸の向こうは池のある中庭だ。


表の庭からは座敷の床の間が見える。


昔のかまども、はがまを乗せていつでもご飯が炊けそうだ。


中には五右衛門風呂があり、雄幸が湯につかっている様子が目に浮かぶ。


学生時代の写真も飾ってある。  


家の前は広い畑があり、平屋だがここから見ると立派な家構えだ。

浜口雄幸誕生地跡は前田秀徳著「龍馬からのメッセージ」に掲載されています。

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