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岩崎弥太郎生家

岩崎家略系図


今日はいい天気です。安芸駅から少し海岸に出てみました。


安芸駅からまっすぐ南に進み、浜に出ました。そこから見た室戸方面です。
この土佐湾、太平洋を弥太郎も見て育ったのでしょう。
このあたりの浜に近い海ではちりめんじゃこがとれます。
新鮮なちりめんじゃこを丼飯にのせた「ちりめん丼」がおいしいです。


国道55号線から、安芸病院・浄貞寺方面に進み、そのまま約2km
北進すると、弥太郎が手を挙げて進む方向を示しています。


曲がるとすぐにまた弥太郎の姿が道路右側に見え、
この交差点を左に進めと合図しています。
なお、国道55号線にある岩崎家への案内で国道から
北進するとこの写真の向こうからこちらへくるようになる
と思います。これは、このあたりの道路が狭いので左回りの
一方通行を考えているのかもしれませんね。


左手には小さな集落が見えました。ビニルハウスの脇を進むと
この中に駐車場と岩崎弥太郎の生家がありました。


駐車場の向こうに大きな木や美しい竹垣、そして茅葺きの
屋根が見えました。


大きい楠が2本、そして茅葺き屋根の家、倉が2棟、風呂だろうか
小さな小屋が1つ、竹垣の向こうに見えました。


柿が赤く実っていました。


竹垣の外から覗くと、たいへん大きな碑が家の脇に見えました。


門をくぐり、中に入りました。
きれいに刈り込まれた木々の間を、石を張り付けた道が案内
してくれました。


その道のひとつは石碑の正面に到達していました。
「岩崎彌太郎生誕之地」碑です。


石碑の後ろに見えた倉の棟の鬼瓦が気になりました。


家に帰ってからよく見たら、ここに岩崎家の家紋の「三階菱」があったのです。


「岩崎彌太郎生誕之地」碑のアップです。


「三階菱」に気づいてないので、倉の壁面にあった三菱マークを
喜んで撮ったのでした。三菱マークは土佐山内家の家紋である
「三つ葉柏」と岩崎家の家紋の「三階菱」を合わせたものだそうです。


倉の西側には栗の木などが植えられていました。


倉の北側には文旦でしょうか、大きい柑橘の木がありました。


倉の東側にも畑が広がっていました。


倉の東面です。水切り瓦が何段もありました。


茅葺きの家の北側の倉です。


今時珍しい、手押しの消防ポンプが置かれていました。


茅葺きの家の勝手口です。


土間に入ると、かまどが居間の縁にとりついていました。


座敷の床の間です。
周囲の雨戸などは全部閉められていて真っ暗でした。


土間の上は天井はなくて茅葺きの骨組みがそのまま見えました。


かまどの横に土間から居間に上がる踏み台が置かれていました。
いごっそうの父としっかりもんの母が行き来するのが見えるようです。


土間に2カ所だけ雨戸が開けられていて、ほかは全部閉められて
いました。門からの道が来ているこのあたりが玄関なのでしょうか。


弥太郎少年が日本列島を模して庭石を置いたといわれています。
彼が少年の頃はまだ屋地はこんなに広くはなかったのではないか
と思いますが、少年の彼にとっては小さなこの庭が夢を広げる
太平洋だったのかもしれませんね。


風呂と便所だっただろう小さな建物。


前庭の全景です。
弥太郎はよく勉強し、ライバルであった分家の馬之介に先を越された
ものの、14歳で殿様からご褒美をいただくまでに成長しました。


美しい竹垣を見ながら、訪問を終わりました。
見学者用のトイレは駐車場横にありました。


帰りに岩崎弥太郎の像に会ってきました。
国道55号線の北側に接するぐらいの公園に立っていました。
何度もこの国道は通っているのに、今まで気がつきませんでした。


この公園には書家の大家の作品が石に彫られて展示されています。
この3人は兄弟で、全国初の公立書道美術館の設立に尽力したそうです。


この安芸に書道美術館があるのはこの人たちがいたから
できたのでしょう。


全国でも書道美術館は珍しく、全国書道コンクールのような
催しを行っています。

 
また、その先生がこの2人の兄弟だそうです。


その公園の一番奥に岩崎弥太郎の像が建てられていました。
井口村と僧津村の水争いの騒動で父をかばい故郷の安芸を
追い出されたのですが、素晴らしい知恵と反骨精神で成功し、
現在は故郷に立派な銅像が建ったのです。


向かい風の中に立って、この手は何を意味しているのでしょう。


厳しい顔つきをしています。


周囲には岩崎弥太郎と関係の深い風景や出来事をあらわす
絵の彫刻された石版がはり付けられていました。


この動きの感じられる、堂々たる作風は、檮原の維新の門の
銅像の作風に似ています。

その後ここを通る道路が計画され、この銅像は2015年3月に岩崎弥太郎生家の駐車場に移転されました。

安芸市観光課のHPで調べたところ、次のような銅像のデータがありました。
浜田さんは琴ヶ浜のお龍君枝像や梼原の維新の群像、五台山の濱口雄幸像など、県内では20体以上の銅像を制作しています。

江ノ川上公園に昭和60年、生誕150周年を記念して建立された。

  • 銅 像:3m30cm
  • 制作者:彫刻家 浜田 浩造(高知県出身)
  • 撰 文:有光次郎(高知県出身)
  • 揮 毫:手島右卿
  • 建立費:約4,100万円(うち岩崎家より1,000万円寄付)



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