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手結港


2012年6月7日 野中兼山の遺構を訪ねました。


道路の真正面に大きな黒い壁が立っています。
これは、手結港に出入りする船の邪魔にならないように、時間をおいて上がる、はね橋になっているのです。


手結港の内港が見えます。


こちらは手結港の外港です。


長宗我部氏の時代からここに4,5艘入る小さな港がありましたが、夜須川から来る漂砂が
堆積し埋まってしまい、浜や磯が船着き場として使われていたようです。
江戸時代、山内氏が藩主となり参勤交代や産業の発達により海上交通が増えたので、
暴風などのときの避難港として本格的な港が必要となりました。


 そこで、小倉三省、野中兼山により計画され、慶安3年(1650)には試掘、
承応1年(1652)に本工事が開始され、明暦3年(1657)にこの堀込港湾は
完成しました。


現在でも当時の石垣をできるだけ残し改修、維持され、漁港として活用されています。


当時の常夜灯もあり、港の周囲は公園として整備されています。


手結港のあと室津や津呂にも同様に港が作られましたが、いずれもまだほぼ原型が残り、
歴史的に価値があり、しかも現在も地域の漁港として活躍しています。
この堀込港湾の技術はやがて日本の各地に広がっていったのです。


歴史的港湾である手結港に、新しい技術のはね橋のもとを通り漁船が帰ってくる。

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