土佐の歴史散歩四万十市>申田元道の墓

申田元道の墓


2013年1月30日(水) 四万十市の土生山を訪れました。


ユニークな文字の申田元道先生の墓です。
納骨堂の後に窮屈そうに立っていました。
御先祖には僧籍の方がおられたようで、卵塔もありました。
「土佐の墓」によると先祖は一条氏の祈願所竜光寺の住職だったそうです。


申田元道先生は明治三十年(1897)に六十三才で没。


妻文 明治四十二年(1909)三月七日 同じく六十三才で没。


後側には一面に碑文が刻まれていました。
元道は安岡亮太郎に漢学を学び筑前の亀井暘洲先生につき経学を修めました。
帰郷後、家塾を開き子弟を教えました。維新後は行余館文学助教、中村中学校准助教諭を勤めました。
門人がこの碑文を書いたということです。敬愛される立派な先生だったのでしょう。

申田元道の墓は山本泰三著「土佐の墓」に掲載されています。

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