2013年1月30日 四万十市中村の史跡めぐりをしました。
最近手入れがされていないと思える墓地がありました。その一角に鶴鳴先生の墓はありました。
遠近鶴鳴先生の墓です。
天保十五年(1797)閏七月廿五日 五十七才で没。
富商の宇和屋喜與助の子だそうです。
鶴欧は学問を好み、商売で上方に行ったときには学者の教えを受けました。
中村に私塾鶴鳴堂を開き子弟を教えました。
祖先以来の中村町政に対する功で苗字帯刀を許されました。
というような碑文がぎっしりと刻まれていました。
樋口真吉、安岡良亮、木戸明らは鶴鳴の門下生でした。
遠近鶴鳴の墓は山本泰三著「土佐の墓」に掲載されています。