土佐の歴史散歩須崎市>鳴無神社

鳴無神社(おとなしじんじゃ)


2006年10月9日
 横浪スカイライン経由で鳴無神社に向こうて車を走らいたぜよ。途中で休憩しよったら、アメリカの娘さんのお遍路さんに声をかけられたがね。あまり慣れない日本語で郵便局はどこですかと言う。こんな田舎でしかも日曜日に郵便局はないじゃろうと思いながら話を聞いてみたら、事情があってアメリカのキャッシュカードを使いたいらしい。弘法大師のお導きということで須崎郵便局までお連れした。郵便局の機械ではアメリカのカードが使えるがじゃ。おんちゃんも勉強になったぜよ。

 宇佐の横波三里の最奥部近くの半島側にこの神社はあり、社殿は国の重要文化財です。


海側から撮ったものです。
このように海に向かって神社が建てられています。


鳥居をくぐると右手に手水舎があります。これは新しいものでしたが、
後ろに見える石灯籠などは歴史を感じさせるに十分なものでした。

 
苔むした狛犬さんです。


拝殿の正面です。
軒の上や下に金色の三つ葉柏の紋が輝いています。


本殿です。
祭神は一言主命(味すき高彦根命)(すきは金偏に旦)
創建は1500余年前と伝えられ、以来社殿は度々建て替えられた。
現在の社殿は山内二代藩主忠義公が寛文2年(1663)に再建。
さらに昭和31,2年に740万円をかけて解体修理した。
本殿は2間4面の春日造、こけら葺、極彩色内陣、天井に天女の
舞の絵(伝村上龍円筆)、幣殿、拝殿は切妻造、こけら葺。
社宝として、鍔口(重要文化財、県文化財)、八角形漆塗神輿、
石灯籠、手水鉢、ツゲモチ(市指定文化財)


日光と同じ極彩色の絵の具で修復保存しています。


こけら葺きの屋根も貫禄があります。


質素なものだが、説明板がしっかり建てられていました。

おんちゃんが聞いた話ぜよ。
 昔々のことじゃ。神さんがあちこちに天から降りてきたときのことじゃ。ここに降り立った神さんは一応ここにお宮を建てておったけんど、どうにもたいくつになり、どこかに移りたいということになった。そこで、ころがっちょった石を持って投げ、落ちたところにお宮を建て移ることにしたと。それが現在の土佐一宮神社になったがじゃと。ほんで年に一度、海を渡って里帰りをするので、それをお祭りにしたがが浦の内湾いっぱいに船を浮かべるお船遊びになったと。
 ただ、ある年の祭りで暴風が吹いて船が出せず、神さんが帰れんようになったと。それからは土佐一宮神社からは五台山までしか来んことになり、寂しいことに時代が下がるに連れてそれもやまってしもうたらしい。
 けんど、こちら側では人口が少ないき、神輿をかつぐ家を決めて世襲で代々お祭りを実行してきたというきにまっことえらいちや。


「土佐の海にお船浮かべて遊ぶらし 都の空は雪解のどけき」
藤原家隆朝臣が京の都でお船遊びを思い描いて詠ったもの。


鳴無神社の正面対岸に御旅所らしき場所がありました。


遙拝所にもなっているようで、正面に停泊している漁船の
2本のアンテナの間に鳴無神社の鳥居が見えました。

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