土佐の歴史散歩高知市南部>佐々木高行生誕地

佐々木高行生誕地

 佐々木高行は文久元(1861)年武市半平太らが土佐勤王党を結成すると、上士の身分でありながら土佐勤王党に同調し、小南五郎右衛門などといっしょに国事に奔走した。


2005年4月29日


水口神社を訪ねた足で、そのすぐ東の旧道に入りました。


 旧道に入るとすぐに谷時中の墓所への登り口があります。


 谷時中の墓所入り口を過ぎ、100mほどで古ぼけた標柱が見つかりました。
「佐々木高行侯爵誕生地」と書かれています。


 路地を入ろうとしていると、ちょうど近所の方が通りかかり、「佐々木さんの誕生地へ行かれるん
ですか」と声をかけてくださいました。「最近はあまり訪ねてくる人がいなくなりました。」と住宅の間
を案内していただき、すぐにこの場所に着きました。
 後ろの小祠はたぶん佐々木高行を祭っている佐々木神社とでもいうようなものではないでしょうか。


石柱は高知県が昭和18年に建てています。
 佐々木高行は慶応3(1867)年、大目付として長崎に
行き、後藤象二郎や坂本龍馬と連携して活動しています。
 鳥羽伏見の戦いのときには長崎奉行所を占領、維新後は参議、
枢密顧問官、大正天皇の教育主任などを歴任したそうです。
 彼が後に城下で住んでいた町が現在では「佐々木町」となっています。


帰りに見るとすぐ脇には小さな漁港がありました。
そして湾の向こう側に造船所が見え、あそこに龍馬が
最後に泊まった中城家があるなあと思い出しました。


旧道にもどると、来たときには見る余裕がなくて見えなかった花がたいへん美しく見えました。

佐々木高行生誕地跡は前田秀徳著「龍馬からのメッセージ」に掲載されています。

土佐の歴史散歩高知市南部>佐々木高行生誕地