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吸江庵跡(吸江寺)


 夢窓国師(疎石)(1275〜1351)が文保2年(1318)に北条高時の権政を逃れて土佐へ下り、五台山に吸江庵を建てたのが始まりです。もともと一カ所には落ち着かない人で、間もなく翌年には土佐を去り横須賀の泊船庵に移りました。その後南禅寺に入り天竜寺を開山するなど、1万人を越える門下生を輩出し、後醍醐天皇、足利尊氏などを始め広く世の人々から師として崇められました。
 また、夢窓国師は禅師として高名なだけでなく、私たちがよく知っている西芳寺や天竜寺といった多くの寺の造園(足利様式)も行っています。
 高知県東津野村出身の義堂周信(1325〜1388)と絶海中津(1336〜1405)は京都で夢窓国師に学び、その後を継ぎ鎌倉五山文学の最高峰ともいわれました。
 江戸時代には野中兼山の推挙を受け、京都から山崎闇斎(1618-82)が修業僧侶として吸江庵に来て谷時中に就いて朱子学を学び、京都に戻り私塾を開き大勢の弟子を育てたことも有名です。
 明治初期に、火災に見舞われてしまいましたが、石段、石垣は創建当時のものだそうです。


2004年9月18日 最近更新を休んでいましたが、久しぶりに散歩しようと夕刻に訪れました。


 五台山登山道と湾岸道の間の細い道を入り
間もなく左側にパゴダが見えてきます。その下
が入り口です。


 この石段や石垣が当時のもの。振り返ると家々
の屋根越しに浦戸湾が見渡せます。


 吸江寺の建物と庭が見えました。建物はかな
り新しいものです。


 吸江寺の入り口ですが、歴史を感じるものは
ありません。


 庭からは吸江八景といわれるように浦戸湾が
見渡せます。昔は下の家もなく大変によい景色
だったと思われます。


 反対側の登り口です。こちら側には高知市の
建てた説明板があります。


吸江寺は前田秀徳著「龍馬からのメッセージ」に掲載されています。

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