土佐の歴史散歩香美市>眞照雪心・観国和尚、山田氏累代の墓

眞照雪心・観国和尚、山田氏累代の墓


2013年3月14日(木) 予岳寺を訪れ、後の山の墓所に回りました。


「開祖塔」となっています。
予岳寺の開祖となった僧眞照雪心の墓です。文明三年(1471)歿。
葛目城主だった山田下総基道が、土佐巡錫中の僧雪心に帰依し予岳寺を創建しました。
基道の法号が予岳常悦だったので寺号を萬松山予岳寺とし山田氏の菩提寺となりました。
山田氏が長宗我部氏に滅ぼされると寺の勢いは一時絶えました。


この反対側にある文字とあわせて、雪心没後300年目に当たる年に当山の第二十四世和尚になっていた
観国和尚がこの卵塔を建てたと刻まれているのだそうです。


隣に位置する卵塔が観国和尚です。天明七年(1787)歿。


台石に大きく「真如十五世」と刻まれていて、
元真如寺の十五世住職だったことが分かります。
「土佐の墓」によると、二代忠義の法名問題で薫的和尚が憤死したあと、
山内家に不祥事が続くので真如寺住職であった観国和尚に祈祷を依頼
したそうです。その後真如寺を退いた観国は予岳寺に入り八代豊敷の
位牌を安置しました。


予岳寺裏山の山田氏累代の墓は香美市の指定文化財となっています。


たくさんの、大小の五輪塔が並んでいました。


代々の領主なのでしょうか。どれがだれかは特定されていないようです。


一基だけは名前が刻まれています。「山田監物長秀墓」です。
談義所雪ヶ峰城主天文二十年(1551)八月八日討死。末裔が昭和三十六年に建てたのだそうです。

眞照雪心、観国和尚、山田監物の墓は山本泰三著「土佐の墓」に掲載されています。

土佐の歴史散歩香美市>眞照雪心・観国和尚、山田氏累代の墓