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横倉山各宮と安徳天皇御陵参考地



平成12年に安徳天皇800年祭を記念して、越知平家会が作成した全山史跡名所巡り案内図です。
この中には安徳天皇御陵参考地などのほか、文治3年ここに落ち延びてきた平家の一人ひとりを祀る社があり、83社にのぼります。
越知の市街地からほぼ10km(20分)に駐車場があり、山上は少し起伏はあるもののピクニックには最適です。
この山の登り口には横倉山自然の森博物館があります。ここが発行しているもうひとつの案内図がピクニックにはわかりやすい。

2007年1月19日(金)横倉山を探索しました。
まずは登り口です。越知町の市街地を過ぎ、仁淀川の支流にかかる橋を渡り、90度のカーブを曲がると間もなくです。


国道33号から左に分かれる分岐。鳥居に菊の御紋章が。


赤い看板が目印。坂本龍馬が脱藩した三嶽古道の文字も見える。


隣にはすぐこの上にある「横倉山自然の森博物館」があり、化石、
植物など横倉山にちなんださまざまな展示があります。


環境庁の看板も立っています。


すぐ近くに「片岡食堂」があります。この家も平家の従臣の子孫らしいです。


山上に上がる前に横倉神社を発見。
ここは平家とは関係なく、伊邪那美神だそうです。

 
右の狛犬が変わった姿勢をしていると思いました。


小さい社と思ったのですが、本殿は結構本格的な手のこんだ
造作となっています。


すぐ隣には「秋葉神社」があり、伊邪那美神の子で火之神
だそうで、防火を願い静岡の秋葉山本宮から分霊されたそうです。


 いよいよ山に登ります。
 第一駐車場を通り過ぎ少し進むと織田公園です。
 織田公園は前ページに掲載した本の著者であり、平知盛の
子孫ということですが、私財をなげうちこの公園を作りました。


「越知町開基一千年記念 先哲偉業顕彰の碑」
もとは国道脇にあり、拡幅工事の際に路盤にうち捨てられようと
していたものを織田盛雄氏が提唱し、ここに設置し直したという。


織田公園展望台から見た越知町市街地です。
仁淀川のみごとな蛇行もよくわかり、昔の河道もわかります。


織田公園を過ぎ、さらに車を走らせると分岐があります。
看板や石灯籠がありますから、これを上がります。


上に少し進むと小さな八坂神社があります。
京都の有名な八坂神社を思い出しました。
安徳天皇の勧請と伝えられています。


今日は第二駐車場に車を置いて古い石段を歩いて登りました。
金刀比羅宮に次ぐ、500段余りの石段です。


鳥居のすぐ左側にある墓石です。
文献や言い伝えから判明した場所に、わかりやすく新しい墓石が
建てられたようです。


石段の途中に夫婦杉がありました。
左の2本がしっかりと根本でくっついていました。

説明板がありました。
「夫婦杉は、横倉山の自然がはぐくんだ希有の○○である。
両木が相寄り根本で合体した巨木で、千古より契りも深く
結ばれた観は、夫婦円満を象徴するかのようであり正に
天下に誇るに足る夫婦杉である。」(○は剥離して読みとれず)

続いて石段について
「駐車場から杉原神社に至る急斜面にある五百八十余段の
石段である。当山から産出する石灰石を使用したもの。
数百年を経ており、段数は金刀比羅宮に次ぎ多いものである。」

次は杉原神社、横倉宮、安徳天皇御陵墓参考地ほかです。

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