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龍河洞(りゅうがどう)

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2004年10月23日土佐山田町の観光の名所でもありますが、弥生時代の遺跡でもある龍河洞に行って来ました。

龍 河 洞 の 歴 史
昭和6(1931) 6.7 山内浩、松井正実両氏によりそれまで難所とされていた「記念の滝」を登ることに成功し、探検調査が始まる。
8-15 弥生式土器および穴居の遺跡を発見、保存会を組織。
昭和8(1933) 2-21 高知県より天然記念物および史跡として仮指定を受ける。
6.25 文部省嘱託上田三平先生が弥生式土器について調査、同時に穴居第二室に炉跡があるのを発見。
昭和9(1934) 12.28 文部省より天然記念物および史跡として指定を受ける。
昭和28(1948) 7. 文部省より洞内の動物101種類が天然記念物に指定される。
昭和27(1952) 10.27 洞内電気照明を開始。
昭和34(1959) 8. 博物館開設、洞内外の資料展示を開始。
昭和49(1974) 4.24 入洞者数が1,000万人に達する。

−−−株式会社ヴォイス出版事業部から2010年5月31日に出版された「パワースポット ニッポン」\1,800 に龍河洞が掲載されました。−−−

ファンの方にメールをいただきました:

アシの手元に戦前の「観光の土佐」と言うチラシがあるが、
観光コースの目玉になっている。

龍河洞遊覧コースとして、
ハリマヤ橋から龍河洞まで、野村自動車の遊覧バスがあり、
片道六十五銭、往復壱円、
高知駅から「省線鉄道」で土佐山田駅まで、「省営バス」で神母木まで、
徒歩壱里余りで龍河洞
高知から「電車・バス・鉄道」で野市まで、「野村自動車」で龍河洞
の3本が紹介されている。

交通経路には、
大阪より航空便、徳島経由、賃十九円、所要時間二時間
とあるが、流石にこれを使ったコースは紹介されていない。(笑


久しぶりに来た龍河洞です。
私の子供の頃は県交通のバスがやっと通れるような道路で
カーブでは冷や汗ものでしたが、今では旧道も幅が広がり
きれいに舗装もされているし、三宝山スカイラインもできて
両方からここにやってこられます。


門前町というか、土産物商店街です。
土佐山田町の特産品は打ち刃物です。


商店街を奥に進むと石の階段があり、中程に狛犬さんと鳥居
(竜王神社)があります。


石段の横には足の達者でない方のためにエスカレータが
設置されています。

入洞券は一般の大人は千円でした。小学生は500円です。


竜王神社の祠の左側が洞内への入り口です。


一般の観光コースから分かれて冒険コースに入る人たちが
いました。これは予約が必要で保険をかけます。
装備はヘルメットとヘッドランプを貸してもらえます。
泥で汚れてもいい服装、滑りにくい履き物で来てください。


洞内の蛍光灯の光で植物が生きていました。

  
はじめに迎えてくれたのは「雲の架け橋」。               次は青龍刀の形をしている青龍石です。

  
どっしりした天降石。下の石筍とはまだつながっていません。          小さい石筍がにょきにょき生えています。

  
すだれ状の鍾乳石です。                          くらげの足か、たくさんの手の形か。
このほかたくさんのすばらしい自然の彫刻がありました。


2000年の昔、弥生時代後半の古代人が水を汲みに来て
忘れていった壺がそのまま包まれたものだとされています。


上の壺を再現しようと実験が続けられていました。
やっと下の岩と壺がくっついた段階だそうです。


出口近くにある「宝庫」です。
山の上の方の出口から順番に穴居第一室〜第三室まで古代人が生活したらしい場所があり、ここは第二室です。


洞内ではいつのまにかずいぶん上に登ってきていたようで、
出口から山腹の長い坂道を歩いて下りて博物館につきました。


博物館の一階では弥生人の穴居生活についての説明などが
展示されていました。
洞内の気温は約15度でほぼ一定ですが、冬は外周の気温が
低いので上の出口に向かって風が吹くそうです。逆に夏は下の
入り口に向かって風が吹くので、入り口が涼しいそうです。


二階ではこの付近から出る化石や洞内のコウモリなどが展示
されていて、普段見られないものが見えてよかったです。


さあ、帰ろうと駐車場に出てきて気がつきました。こんな公衆電話がありました。子供の方もかわいいのですが、大人の方もとぼけた感じがとてもいいです。
この日の夕方、新潟県中越地震が起き、直下型の震度6強で新幹線が脱線するなど大変な被害がでました。

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