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久礼八幡宮


2004年10月31日 久礼の大正市場や黒潮本陣に行って来ました。お天気は次第に悪くなり、雷雨になってしまいました。


黒潮本陣のある小高い場所から土佐湾を望む。出漁していく
漁船が見えました。荒海を乗り越えて勇ましいですね。
黒潮本陣は予約が必要ですが、丸の鰹から鰹のたたきを
自分で作ることができます。もちろん丁寧に介添えをして
くれますよ。温泉もあり、通常の食事もできます。


海側から久礼の町並みを望む。山陰に隠れて実際より小さい
集落に見えます。代表的な高知県の漁村で、山がすぐ後ろに迫り、
平地はとても狭いのです。


町の中心にある久礼八幡宮の鳥居。
雨が降るし時間がないし、じっくり見物することはできませんでした。


参道は横にもありました。
こちらは天満宮やお稲荷さんが並ぶ中心街の方から入る道。
中心街にはお魚市場があり、県下から客が集まってきます。


手水舎です。変わった形の手水鉢ですね。


本殿も見えていましたが、木の陰に隠れてしまいました。
春日造銅板葺(本殿、舞殿、横殿、拝殿)の様式です。


正面です。左のこんもりした木が楠で御神木となっています。
御祭神は応神天皇、神功皇后、瑞津姫神、田心姫神ほか、社格は旧県社。
宝永の地震津波により棟札の類は流失し、勧請年歴等は不詳となっています。洛西随一という
8月14,15日の大祭は盛況のようです。


ちょっと変わった物としては厄除け石というものがありました。
理学博士の甲藤次郎先生が解説を書いていますが、転石により
川底の岩に穴が貫通したものだそうです。


別の日に行ったら土佐の漫画家、青柳祐介氏の像が海を
ながめている像に出会いました。


明治時代の中頃、漁師のおかみさんたちが寄り集まって夫や
息子のとってきた魚を売るようにしたことが始まりだそうです。
しかし、大正4年市場周辺の230戸が焼失するという大火が
ありました。そのとき、当時のお金で350円を復興費として
大正天皇からいただいたそうです。
それまではここらあたりは地蔵町といっていましたが、
このことがあって以来、大正町と呼ぶことになったそうです。
現在でも新鮮な魚を売る店や民芸品やお菓子、服までいろんな
店が軒を並べています。
今日はカンパチを1本刺身にしてもらって買ってきました。

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