土佐の歴史散歩高知市南部>唐音の切抜

唐音の切抜


2012年11月27日


長浜の西端部の春野町との境目に、海岸部から始まり内の谷まで延びるごく低い山地があります。
その途中を切り抜いたのが「唐音(からと)の切抜」です。


碑文がありました。

由来
土佐藩の奉行職野中兼山は吾南平野の灌漑と水運のため弘岡用水と新川川の
水路の開発に1648(慶安元)年より5年の歳月を費やして完成した。唐音の切抜
は新川川と浦戸湾を結ぶ水路として開発されたもので長さ50間(90m)高さ15間
5尺(27m)幅7間(12m)に及ぶ大工事であった。この切抜の開通により仁淀川
流域と高知城下町とが内陸水路によって結ばれ産業は発展した。兼山苦心の遺跡
である。    春野町教育委員会  昭和63年3月建之  翆村書


長浜側の流れです。

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