土佐の歴史散歩高知市西部>門田實毅の墓

門田實毅の墓



前田秀徳先生に案内していただきました。奥福井の宇賀家、別役家の墓所の隣です。

山北村の郷士門田宇平利實の長男として生まれました。
容堂公の元で徒士目付を勤めるかたわら、土佐勤王党員として、武市、中岡から信頼されていました。
江戸藩邸に勤め、水戸や長州の志士と交流があり江戸の情勢に詳しかった。


門田家の墓所。左の墓が為之助實毅です。


「門田實毅(為之助)」。慶応三年(1867)十一月六日 三十歳で歿。
前田先生によると、井口事件のとき、大石らとともに解決に尽力しています。
また、武市らの釈放運動をしましたが実らず、武市なきあとも国事に奔走を続けました。
しかし、元来からだが弱く、惜しまれつつ若くして亡くなりました。


両親の墓です。「門田利實、同人妻」
父は文久三年(1863)九月二十九日五十五歳で歿。
母は安政五年(1858)四月九日四十一歳で歿。
「土佐の墓」によると、父は山北の郷士で、伏見藩邸に勤務中に一弦琴を学び、
土佐に帰ったのち西町で一弦琴の教室を開きました。

門田為之助(實毅)の墓は山本泰三著「土佐の墓」に掲載されています。
門田為之助の墓は前田秀徳著「龍馬からのメッセージ」に掲載されています。

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