2010年4月20日
御馬場跡(丸の内緑地公園)の東北角にひっそりと佇む像がある。
正面のプレートには「野村茂久馬翁像、吉田茂書」とある。
翁(おきな)ではあるが、「土佐の交通王」と呼ばれた実業家であり、大変厳しい表情である。
野村茂久馬 明治2年(1870)1月30日〜昭和35年(1960)2月11日
今の高知県交通バスの前身である野村組自動車部、そして新高知重工業の前身である野村組工作所
の創設者である。
ライオン宰相、濱口雄幸とは同級生である。
坂本龍馬や中岡慎太郎、板垣退助の銅像を建てるために奔走した青年たちには、乗合自動車を無料
で利用させるなどの支援をしたそうだ。