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県立北川青少年の家



 魚梁瀬ダムより一段下の小さいダムの近くに入り口がありました。
 私にはこの土地は初めてに近いので、この場所の利点がよく
分からず、失礼ながら、「こんな山奥に青少年の家があるなんて」
という思いが頭をかすめました。
 都市部からははるかに遠く、数多い小・中学校の利用はあるの
かなあという疑問が離れませんでした。


 本館手前の駐車場から見上げた体育館です。
 一度は下火になっていた「体験活動」が、現在は
文部科学省から推進されているので、これからは
利用が増えるかもしれませんね。


 本館手前の駐車場の端にある木の根本に小さな祠を見つけました。
 高さ50cmぐらいの小さな祠ですが、その右側に碑文が立っています。


 「中岡慎太郎読本」を書いた北川村の歴史研究家、
前田年雄氏の文です。
 伝え聞く
 寿永の昔、源平合戦に於いて屋島の戦に敗れたる
 幸嶋太郎兵衛と称する平家の落武者遁れ来たり
 土地を墾きて潜むと
 地名を後にコオシマと名付ける
 里人は地主若宮八幡と崇め太郎兵衛と唱え崇拝する


 祠の下のきれいな石垣からは、若宮八幡は元は相当立派なもの
だっただろうと推測できます。

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