清岡治之助邸跡
それは、安田町にありました。
新しくできた「ごめん・なはり線」の安田駅の売店で聞いてみましたが、わかりませんでした。
そこの人が「隣の文化センターできいてみなさいや」と言ってくれたので、すぐ隣にある安田町文化センターに行ってみましたが、日曜日であいにく受付などには人がいません。ふとみると宿直室のドアが開いていておんちゃんが二人いるではないですか。
「清岡治之助の碑かなにかあると聞いてきたんですが・・・」「ああ、そりゃあ簡単よ・・・」というわけで、一本道を丁寧にカーブひとつまで教えていただきました。安田駅から北に約2kmの右側でした。

国道55号線の安田川にかかる橋の西詰め交差点を北に入り約1kmで安田駅。
右後ろの建物が安田町文化センター。

文化センターの宿直さんの案内通り、右側に「清岡治之助」の看板が。
屋敷跡の説明板には治之助が11歳にして叔父の跡を継ぎ郷士職になったとか、よく学問をし、その上剣道、柔術、砲術など文武両道に練達していた。藩主山内豊範公に随行して京都に行き、武市瑞山の手助けをし公家にも出入りし、天下の志士とも交わっていたなど、野根山事件に至るまでのことが書かれている。

大きい自然石の碑が迫る。

その前には「安田町史跡 野根山二十三烈士 副首領 清岡治之助 生家」という碑が建てられています。

全景です。
治之助の碑の右下には昭和48年に高知市に住む子孫の清岡公正氏がこの土地を安田町に寄付したことが記されています。