土佐の歴史散歩室戸市>吉良川散歩

室戸市吉良川散歩

2002年7月21日

 今日は前々から聞いていた漆喰の白壁にいくつもの水切り瓦がついた建物のある町並みを歩いてみました。思ったより広い範囲できれいに保存されていておどろきました。現在も観光に耐えられるよう補修が続けられているようです。
 吉良川は昔から良質の木材や火力の強い薪を京阪神に移出していたそうです。明治になって木炭の生産が始まりました。
 後背地の山々には馬目樫が多く、さらに大正時代には和歌山伝来の備長炭の製造技術により、日本の代表的な良質備長炭を製造し、京阪神へ移出し、京阪神で仕入れた日用品などを積んで戻る回船業で栄えていたそうです。
 この盛んな交易による経済力で、台風の多い土地の弊害を防ぐ工夫がなされ、「丘地区」と「浜地区」の特徴ある町並みが形成されたようです。



吉良川地域(室戸市教育委員会の立てた案内板を撮影)
安芸市から車で40分


丘地区の代表的な防風石塀「いしぐろ
比較的新しいものです。


ここはかなり古い「いしぐろ」で、広い敷地をぐるりと囲っています。


いしぐろの壊れたところを見つけました。
いしぐろの積み方がよくわかります。
これは空積みというようです。


ここでは石を半分に割って中を漆喰かなにかで固めてあり、練り積みという方法のようです。
この方法であれば蛇のすみかにならなくて安全ですね。
装飾と防風を兼ねた美しい「いしぐろ」ですね。
先に丘地区に来てしまったので、通りかかった地元の人に白壁の家の多いのはどこかと聞いてみました。
若い人でしたが「すぐに下の通りですけど、丁度舗装工事をしていて回り道をせんといかんですねえ。すみませんねえ。」と親切に穏やかに教えていただきました。


浜地区では白い土佐漆喰の壁に水切り瓦がついた家が多い。
これは、風雨が広い壁に打ち付けるので早く水切りをして水の侵入を防ぎます。
100年近い耐久性があるといいます。


水切り瓦のひさしも実用だけではなく、建物全体の美しさにもなります。


斜めの坂道と水平の水切りの対比もとてもいい感じですね。
この上は御田八幡宮です。


御田八幡宮から坂下を見ると、海はすぐそこでした。
画面右で脚立の上に人が立って何かしています。
「おんちゃん、なにしゆうが?」と聞いたら、漆喰白壁や戸袋の修復をしているところでした。
こうして今も吉良川の町は次第にきれいになっているのですね。


御田八幡宮の直近の民家には「おまつり館」の看板が・・・


「ご自由にお入り下さい」というビラに誘われて入ってみました。
御田祭できれいに飾った御輿が浜辺で担がれている写真がかけてありました。
その前には特産の備長炭が添えられています。
また、紙を捩って作られた御輿の花飾りや提灯の実物が展示されていました。


御田八幡宮
駐車可です。子授けの御利益も。


和洋折衷の時代を感じさせます。何のマークでしょうね。


吉良川まちなみ館」という看板のある古い商家です。
案内所かな?土曜日だったけど入り口が閉まっていました。
今から思えば、暑い日だったので冷房をかけているため閉めていたのかもしれません。


これもどっしりした倉を二階に持つ古い商家です。


パンフレットにもあったような。


石垣と水切りのある家>丘地区と浜地区


やっと見つけた喫茶店−蔵空間−「茶館」です。
お茶も飲みたかったけど、ここから入った内部のようすがすばらしい。


この喫茶に利用されている家は分棟型といわれる明治・大正期の
建築で、母屋、離れ、台所、便所風呂などがそれぞれ別棟になって
いて、庭を取り囲むように配置されています。


上の写真の棟から青い壁の便所風呂が続き、向かい合っているのが
この母屋です。この右には大きい蔵があり、これらがこの庭を囲んでいます。
喫茶は蔵の中で営業していました。


 浜地区の家々は暴風を巻き込まないように軒を接して建てられて
いて、いざ、火災になると大変だと思います。
 歴史のありそうな吉良川消防分団屯所が頼りでしょう。

土佐の歴史散歩室戸市>吉良川散歩